雪の一輪
幼い頃の母の記憶は、どれも暖かい微笑みに溢れている。 「そう、そうなの」 母は話を聞きながら、相槌を打ち、時には諭し、時には慰め、でも多くは共感してくれた。いっぱいの笑顔と一緒に。 「偉いわね、刹那」 そう言って、頭を撫でてもらえるのが嬉しかった。そして、好きだった。 「あ、兄さん、雪だよ」 病院からの帰り道、永久を空を見上げて言った。白く冷たい結晶が、ひらひらと舞い降りて来た。鼻先に落ちたそれは、微かにひやりとした感触とともに、溶けた。 「今夜は、冷えるね」 白い息を吐きながら、永久はそれでも楽しそうだった。 それからしばらくして、母は死んだ。 「雪は…母さんを迎えに来たのかな……」 黒い喪服に身を包んだ弟は、ポツリとそんな事を口にした。 「春になったら…母さん…帰ってきてくれないかな……」 それきり膝に顔をうずめて静かに嗚咽を漏らし始めた弟を、ただ見つめてやるしかできなかった。慰め方がわからなかった。 母が亡くなってから、今年で三年。 『雪は母さんを迎えに来たのかな』 永久の言葉が甦る。もし、彼の言葉が本当だったなら。 ―――くだらない…。 頭を振って思考を取り払った。雪に濡れた髪は、少し重たかった。 ―――じゃあ永久がいなかったら? ふと、そんな疑問が心を過ぎる。 「…………知らない」 さくりと雪を踏みしめて、今度こそ校門へまっすぐに歩いた。 −FIN− |