11.君に捧げる(オーブリエチア) 「…いい天気ねえ」 未来が呟いた。刹那はそちらを見上げる。 抜けるような青空を背景に、未来の後姿が見える。 「…そうだな」 刹那も肯いて、流れる雲を目で追った。 都会的な建物の立ち並ぶ一角に、切り離されたように建つ小学校。コンクリートで包まれた校舎の屋上は高い柵で囲われ、誰でも立ち入ることができた。どこからか、子供の遊ぶ声が聞こえる。昼休みの始まりを告げるチャイムは、鳴ったばかりだ。二人は授業の合間に、他の子供たちに混ざって、外の空気を吸いにきていた。 未来は柵につかまって空を見上げ、刹那は柵に背中を預け、座っている。 「雪なんか降っていたのが、嘘みたい」 秋晴れの気持ちのいい天気だ。つい一月ほど前まで、世界は異常気象に覆われ、屋上から見える空も、不気味な夕焼けの色をしていた。 「…ああ」 未来は大きく両手を伸ばして、背伸びをする。 「寒かったわ、とっても。アイスランドよりは、ずいぶんマシだったけど」 「…」 「ねえ、刹那」 未来は刹那を見る。 「あなた、サンドランドでお母さんに会った?」 刹那も未来を見た。 「…ああ」 「やっぱり…」 未来は少し考えるような顔をする。 「…私、あのあと、パパから話を聞いて、ようやくあれがママだってわかったわ。…私の家には、ママの写真が一枚もなかったの。一目見て、ママだってわかっていたら、私は別の話をしたかもしれないわ。…あなたは自分のママだって、すぐに分かった?」 刹那は首を横に振った。 「俺は、イシスから聞いたよ。…うちにも写真はないし、おじさんとおばさんも見せてくれなかった。だから、全然分からなかった…」 刹那の脳裏に、母の葬儀の思い出が過ぎった。白い和服に身を包んで、冷たくなった膝に泣きつく永久と、それをじっと見つめる自分。…母のなきがらの姿は、どうしても思い出せなかった。 「そう…。あれから、ママの遺影とか、色々探してみたんだけど、やっぱりないのよね…。ママは事故で亡くなったから、形見はいっぱいあるのに…」 未来は心細い口調で言う。刹那は困ったように眉をひそめた。 「…父さんや、ゼットに聞いても?」 「うん…。二人とも、何も知らないって。ゼットは、ママたちとは親しくなかったって…」 「…そっか」 二人はしばらく空を見上げた。 「…なあ、未来。今度、サンドランドに一緒に行こう」 刹那が口を開いた。未来が首をかしげる。 「また幽霊の母さんに会えるかは分からないけど…。もう一度行きたいんだ。全部終って、父さんの望む世界になったことを、きちんと伝えたい」 「…そうね。もしかしたら、ママも応援してたことかもしれないものね…」 二人は笑った。 「俺たちが姉弟だって知ったら、絶対驚くよ」 「ゼットって言う悪魔の友達ができたって聞いても、きっと驚くわ」 とびきりのいたずらを思いついたような顔で、二人はくすくす声を上げる。 「じゃあ、今度の日曜日に、鳥居のゲートで待ってるわ」 「ああ」 青空の下で、子供たちのはしゃぐ声に混ざり、チャイムの音が響いた。 了。 ………………… 最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。 |